競馬の高揚感の正体は神との対峙!競馬とは人生そのもの!

僕は競馬が大好きなんです。今は海外にいるからしばらく日本の競馬はやってないんですが、日本に住んでいた時は毎週必ず賭けてました。競馬ってホントに面白いんです。

それで今日は久しぶりに競馬に行くんですよ。タイのチェンマイ競馬場です。そのレポは別の記事にするんですが、ここでは別の角度から競馬について語りたいと思うんです。

競馬に行く前のソワソワ感の正体は?

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競馬に行く前ってソワソワするようなゾクゾクするような高揚感がありますよね。これって他のどんなイベントとも違ってます。友人と飲みに行く前とも違うし、食べ放題に挑む前とも違うんです。しいて挙げれば釣りに行く前と似ている感覚ですかね。

その高揚感の正体について考えてみたんです。別に僕は競馬で大当たりして大金を獲得することを夢見ているわけではないんです。千円使って1万円になっていれば最高、千円が千円で返ってきても、千円が溶けても別に良いと思ってるんです。

だって千円であれだけの興奮を味わえる遊びって僕は他に知らないんですよ。そういう意味でも競馬って釣りとよく似てるんですよね。釣りも千円でエサと仕掛けだけ買えば、あとは確率に身をあずけるだけなんです。

だからあの高揚感の正体は、確率との勝負、つまり神との対峙に向けた準備なんだと思うんです。

他のギャンブルとは違うのか?

でもただのギャンブルではダメなんです。そこには考えることによって自分の勝率を上げる何かが必要なんですよ。例えば僕は宝くじなんて絶対に買いません。買ったあとは祈るだけなんて面白くないんです

同じ意味でパチンコもやりません。台の前に座ったら視覚的な興奮を自動的に味わうことのできる機械なんていらないんです。そこには自分という存在が無いんですよ。

競馬はそんなギャンブルとは全然違う特別なモノなんです。オッズと見込み勝率から期待値の高い馬を割り出し、予算と見比べてどれだけ厚く張るかを考え抜くんです。

金って自分そのものじゃないですか。だから100円でも負ければ自らの身を削がれるような痛みを感じるものなんです。そうやって身を削りながら絶えず前に進む行為、それが競馬っていうものだと思うんですよね。

人生そのもの!だから面白い!

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人生って辛いことが9割で楽しいことが1割とかいうじゃないですか。それってどんな人でもそうだと思うんです。サラリーマンだけでなくフリーランスのノマドワーカーでも、大企業の社長でもそうなんです。みんな辛いことばっかりなんですよね。

競馬も一緒です。どんなに考え抜いて予想したって9割は外れるものなんです。だからこそ勝った時の喜びがあるんです。

そういう意味で競馬って人生の縮図なんですよね。だから高揚感があるんです。

ユウキ
27歳で嫁は12歳年上です。
アフィリエイトで若干の収入はありますがギリギリです!
今は台湾に2か月ほど滞在していて、次はインドのダラムサラに半年ほどいます。よろしくお願いします!
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