アフィリに10万円支払う寺で供養されるなら焚火で焼かれる方がマシ

宗教ってむずかしいですよね。日本人の若い世代である僕たちは、宗教なんて身近に考えることなく育ってきましたけど、海外に出るとその重要性に気づかされます。

そういう重要性を知ったうえでも、寺に対する欺瞞の目っていうのはどうしても出てきてしまうんです。

A8.netに載っていた寺の案件がすごい

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僕はA8ネットで新しいアフィリエイトの案件をよくチェックするんですが、そこで信じられない案件を見つけたんです。ここでそれを公開するようなことはもちろんしないんですが、ちょっとショックを受けました。

というのもその案件の広告主は寺で、供養先としての見学で1万円、契約で10万円をアフィリエイト報酬として支払うというんですね。これって凄まじくないですか?

この寺が宗教法人かどうかとかは知りません。でも実際にこの寺で供養されている人たちってたくさんいるんですよね。その人たちが支払った数十万円の内、10万円はアフィリエイターに流れてるんです。この実態を知った時の遺族の心境ってどうなんでしょう。

だって供養ってクレジットカードの発行とか、FXの口座開設とは違うじゃないですか。寺が金を得るために露骨に動く姿って美しくはないですよね。

とはいえ他人のビジネスを批判するのはナンセンスです。寺がアフィリを始めたのは最近でもテレビCMはしてましたもんね。だからビジネス寺のことはどうでもいいんです。

でも自分が供養されたいかという問題は別

寺がアフィリエイターに金を払うのは良いと思います。でも僕はそんな寺で供養されたいとは絶対思いません。別にそれは一部の特別な寺の話ではなく、そういう金儲けに走る側面を寺なら必ず持ってますよね。そこに死んでから金を回す意味が分からないんです。

どこの国でも宗教ってビジネスの道具になるんですよね。敬虔な仏教国として有名なタイでも若い世代の友人は、「ビジネス仏教は嫌いだから、私は無宗教」って言う子もいました。宗教ってそれだけ金を儲ける手段になるんです。

それでもきちんとお寺に供養するのが良いと信じる人はそうすればいいと思います。でもそうしない自由も必要ですよね。仏教徒の家で育っても、寺でなんて眠りたくないと思えば、そうする自由もあって良いと思うんです。

宗教を客観的に眺められる立場は幸せ

このように宗教のことを客観的に考えられることって幸せだと思うんです。さっき例に出した無宗教のタイ人なんて珍しい存在で、ほとんどは疑うことなく敬虔な仏教徒であり続けるんです。

宗教に縛られない日本人として生まれたことは本当にラッキーなことなんです。皆さんはどうお考えでしょうか。

ユウキ
27歳で嫁は12歳年上です。
アフィリエイトで若干の収入はありますがギリギリです!
今は台湾に2か月ほど滞在していて、次はインドのダラムサラに半年ほどいます。よろしくお願いします!
気になった記事があればソーシャルでシェアして意見をもらえるとうれしいです!
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