2年ぶりの日本で、エスカレーターの片側を開けて行列を作る意味について考える

僕はこの2年ほど海外をフラフラする生活を続けてきたんですが、今日本に一時帰国しているんです。そこで見る光景って日本独自のものがたくさんあって新鮮です。

そんな独自光景の一つ、エスカレーターの片側を開ける習慣について考えてみました。

存在しない誰かのために、みんなが不便な思いをする社会

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エスカレーターの片側を、急いで歩きたい人のために開けておく習慣って実は日本だけのものじゃなく、欧米でも当たり前の先進国のグローバルスタンダードですよね。そのことを分かったうえでも、僕は東南アジア式の「片側を開けずに誰も歩かない方式」のほうが優れてるんじゃないかと思うんです。

だってこれによって不合理な渋滞が起きることがあるんですよ。例えば僕がよく利用する阪神電車の大阪梅田駅では、改札を出てから短い階段があって、その横にエスカレーターもあるんですね。

当然エスカレーターを使いたい人が多いから周辺は混雑するんですけど、右側にしか並べないからなかなか行列が解消されないんです。これを両側で使えば行列は半分の時間でなくなるはずなんですよ

エスカレーターの左側は急いでる人のために開けているじゃないですか。でも本当に急いでいる人なら階段を一段飛ばしで駆け上がればいいと思うんですよ。要するにエスカレーターの左側を利用する人なんて想定しない方が、大多数が幸せになれるんです。

そんな風にルールを守る日本人は幸せか?

これと同じ現象はいろんなところで起きていると思うんです。想定する必要のない誰かに気を遣うことで、みんながしんどい思いをするんです。そんなのって必要ないですよね。

前に飛行機を国内線で利用した時、赤ちゃんが泣き叫ばないように、お母さんが鬼のようにビスケットを食べさせている光景を見たんです。

もう赤ちゃんはビスケットを食べ過ぎたことで気分が悪くなって泣いているし、お母さんもヒステリーみたいになって赤ちゃんに向かって怒り出してるんです。こんなのって地獄絵図ですよ。

もちろんどこの国でも飛行機に乗る赤ちゃんが泣き叫ばないように工夫するのは当然だと思うんです。でもそれを過度に恐れるあまり、お母さんがヒステリックな状態に陥るのは日本ならではですよね。

もっと大らかに許せばいいと思うんです。赤ちゃんの泣き声ぐらい社会が許せばいいじゃないですか。

別に電車の中で通話する人がいたっていいと思うし、スーパーのレジ店員が暇な時にスマホをいじっていてもいいと思うんです。そんなことはどうでもいいんです。許せるものはできるだけ許してあげたほうが、結果的にみんなが幸せな社会ができるんです。

だから既存のマナーを守らない人を責めるのは考え直したほうがいいと思うんです。そうやって厳しいルールを強制することの弊害がもろに出ているのが今の日本なんですよね。

ユウキ
27歳で嫁は12歳年上です。
アフィリエイトで若干の収入はありますがギリギリです!
今は台湾に2か月ほど滞在していて、次はインドのダラムサラに半年ほどいます。よろしくお願いします!
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