フェイスブックのフランス国旗問題に海外2年無職の僕が物申す

なんか今すごくフェイスブックの顔写真をトリコロールにする人が増えてるらしいですね。それに対して賛否両論飛び交っているようで、議論の対象にもなってますよね。

僕もその件に関してどう思っているのか伝えたくなって記事にしてみました。

1411283052w12f4

他人のことはどうでもいい

まず、僕はフェイスブックのアイコンをフランス国旗にする人に対してもしない人に対しても、実際の所なんの感情も持ってないです。だってそれ以上にどうでもいいことって存在しないくらいどうでもいいことじゃないですか。他人のフェイスブックのアイコンなんて。

たとえそれが1万人規模の哀悼集会になったって僕がそれを重要視することはないんですが、フェイスブックのアイコンなんてポチっと指を押しただけのことですよね。だからそんなのはどっちでもいいと思うんですよ。

フェイスブックのアイコンをフランス国旗にする人たちは、それによって哀悼の意やテロに屈しない姿勢を表してると言われますよね。そしてそれを批判する人は、シリアやアフガンを持ち出して、白人の命だけが尊いのかって問うわけです。

でも他人が中東の人たちより白人の命を重視してたって、僕自身は何も不利益を被ることはないんですよ。だからそのことに関する僕の感情は「無」でしかないんです。

僕たちの行動のすべては自己満足のため

フェイスブックのアイコンもデモ活動も、旅行もビールを飲むことも、僕たちはすべて自己が満足するために行動しているんですよね。自分が好きでやってるのに、その旅行先はお勧めできないとか、ビールは体に悪いからやめたほうがいいとか言われたら嫌じゃないですか。だから他人が自己満足のために行う行動に、ケチをつける必要なんてないと思うんです

隣の部屋の住民が自己を満足させるために大音量でカラオケを歌ってたら注意しても良いと思うんですが、廊下から鼻歌が聞こえるくらいなら放っておけばいいじゃないですか。

フェイスブックのアイコンなんて廊下の鼻歌より気にならない些細なことですよね。それにイラッと来たからといって、他人を批判してしまうのはどうかと思うんです。

許容しようよ

だからどっちが正しいとか、誰が間違ってるとか議論する必要もないんじゃないかと思うんです。利害関係のない他人に対しては、出来るだけ無関心であったほうが幸せになれるんです。

すべては許容量の問題なんです。他人を出来る限り許容できる社会になれば、日本特有の社会問題も減少に向かうと思うんですよね。皆さんはどうお考えでしょうか。

ユウキ
27歳で嫁は12歳年上です。
アフィリエイトで若干の収入はありますがギリギリです!
今は台湾に2か月ほど滞在していて、次はインドのダラムサラに半年ほどいます。よろしくお願いします!
気になった記事があればソーシャルでシェアして意見をもらえるとうれしいです!
スポンサーリンク
スポンサーリンク
QLOOKアクセス解析